母永眠。
17日金曜日の早朝、重度の認知症で施設にいる母が倒れたと知らせがあった。
取り急ぎ兄に駆けつけてもらい、急いで自分が不在の間の仕事の手配を済ませ、1時間半車を走らせて神戸に着いたのが午前10時頃。
その間にも、医師よりxxをします、との確認の電話が数回。
病院到着時の母は、脈拍30、血圧60の瀕死状態。
ペースメーカー(心臓ポンプ)を装着するかどうかと尋ねられる。
まだ時々正気に戻る時間があった頃、母より「認知が進んでしまったら延命処置は絶対しないでくれ」と泣きながらお願いされていたことを思い出しながら、ペースメーカーの装着をお願いする。
人口呼吸器の装着について再度尋ねられ、装着をお願いする。
着いた時には小康状態で一安心。
倒れた主因が腎不全ということで、人工透析をするかどうかの選択を迫られたので、透析開始をお願いする。
主任担当医は非常にのんびりと「ペースメーカーと人工呼吸器により生命を維持しているので、その間に人工透析を行い、それが済めば回復するだろう。」と。
姉または妹へバトンタッチするまで病院で待機。
昼過ぎに姉到着。
交代で食事を摂ったりしながら気がつけば午後3時。
後は姉や妹に任せて帰ろうと医師にご挨拶しようと思ったら、主任担当医でない医師より「表に出ている数値は別として、今の状態は非常に危険である。 今は帰らずもうしばらく様子を見て欲しい」と強く言われる。
運び込まれた病院は救急医療専門の病院で、総合病院と隣接している。
主任担当医は総合病院の医師、帰るなと言った医師は年がら年中救急ばかりを担当している医師で、「今のところ数値は特に問題ないが、投薬に対する反応が非常に鈍く、国内でも最先端の救急設備を完備した院内でトップクラスの医療を施しているにも関わらず、状態の改善があまり見られない。 これは私の経験上、非常に危険だ。」と力説され、夕方になれば来る筈の妹を待つことにした。
午後6時頃。
脈拍・血圧などの数値が徐々に悪化し始める。
主任担当医が再度出てきて「ほぼ危篤状態であると言っていい。」と告げられる。
帰宅を断念し、父を迎えに行き、兄を呼び戻す。
翌日、土曜日午前2時頃。
生命維持装置をフル回転させているにも関わらず、ペースメーカーで辛うじて脈拍を30-40で維持し、血圧はすでに30代まで下がっている。
医師より説明があり、現状既に全身に血液が循環する状態に非ず。
万一心肺機能が回復したとしても脳の機能が回復するに能わず。
ペースメーカーの停止の如何を問われる。
父および兄弟姉妹の協議の末、ペースメーカーを停止。
午前3時頃。
母永眠。
眠るように、痛みも苦しみもなくこの世を去った(はず)。
葬儀社へ連絡を取る。
始めてのこととて、段取りがさっぱり判らない。
寝不足と母の死により呆然となりながら、取り急ぎ遺体の引き取りを依頼する。
遺体とともに葬儀社へ到着後、早速打ち合わせが始まる。
経済的な算術と、母への思い、親族への見栄を考えながら、一つづつ慎重に要・不要を決定していく。
兄がいながら、私が全てを決定しなければいけない理不尽を感じながらも、淡々と決断を重ねる。
当日土曜日の夜に通夜式、翌日曜日に告別式。
全てを一通り定め終わったのが、既に午前10時頃。
昼頃には戻る予定の姉および妹が来るまで兄に留守番をお願いする。
車で1時間半の自宅まで戻り、喪服及び子供たちを含む家族の外泊準備を整え、更に不在となる間の仕事の手配を済ませて葬儀社へ戻ったのは午後4時頃。
更に詳細な葬儀社との打ち合わせ。
午後6時、通夜式が始まり、親類縁者が10数年ぶりに寄り集まる。
食事・飲み物などを手配。
金銭を湯水のように使えば、全ての手配を葬儀社任せにすることも可能であるが、そうは行かず手弁当の部分が多数ある。
午後11時頃に座っているだけで倒れそうになり、親類の世話を兄に任せて眠る。
日曜日午前2時頃、目が覚める。
兄は既に爆睡。 姉妹ともに疲労困憊状態のため、30分ごとの線香上げを引き受ける。
午前5時頃、線香上げを妹へ引継ぎ、再び就寝。
午前8時起床。
慌しく手配・段取り・打ち合わせ。
兄は一体何をしているのかと小一時間(ry
正午告別式。
午後1時出棺。
ここに来て始めて母の死を実感する余裕ができて涙する。
が、泣く余裕のあったのはほんの数分間のこと。
表の仕事は兄、裏の仕事は私。
火入れ、午後3時40分のお骨拾いをつつがなく済ませても、まだ終わらない。
祭壇をこしらえ、丸3日ぶりにそこそこまともに見える食事を摂る。
そろそろ帰宅しようと思った午後8時頃。
兄と父との口論が始まる。
それを止めに入った姉と父はそれにも増してヒートアップ。
なにもこんな日に(ry
なんとかその場を収めて帰路へ着いたのは午後11時頃。
月曜日、午前0時30分帰宅。
風呂に入り、夜食を摂り、ほっこりと母の顔を思い浮かべながらゆっくりとビールを飲む。
眠くて死にそうなはずだが眠る気になれず、徒然なるままにキータイプ。
ただただ忙しい3日間ではあったが、忙しいおかげでグダグダになったり、ぶっ飛んだりしないで済んだ。
今は母のことを微笑ましく思い出せる(´Д`)
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